神々の島 久高島 ~『沖縄文化論ー忘れられた日本』より~

   

神々の島 久高島

(今回のイザイホー1966年12月26日から5日間おこなわれた)

ここを訪れるのは7年ぶりである。

…………

今度の旅行の目的は26日から5日間行なわれる「イザイホー」を見ることだ。沖縄本島の東南、海上3浬(かいり:約5.5キロ)の小島、「久高島」で、12年目に一度、午年(うまどし)ごとに行なわれる神事である。これは、島の女性が神人の資格を得るイニシエーション(入門式)、島々全体に古代信仰が濃く残っている沖縄でも、厳粛で神秘的な儀式として知られている。

…………

とりわけ、情熱をおぼえるのは、これらが日本の根源的な信仰、伊勢、熊野などとつながっており、本来同質であると信じるからだ。

…………

新しく巫女になる女性たちは「ナンチュ」とよばれる。祭りの1ヶ月も前から、御嶽(うたき)で各自の神名を与えられる儀式など、さまざまの行事を経て、この日からは3日3晩イザイ山とよばれる禁制の森の中に、クバの葉で作られた「七ッ屋」にこもり、日常の世界と断絶してしまうのだ。

…………

久高島は知念村に属する。全琉球の中で、知念は最も貧しい村だ。中でも久高は最低なのである。人口の減少も激しく、救済家庭の率もいちばん多い。昔からそうだったのだ。ここには、独特の、原始共産制ともいうべき地割制度がある。耕地があまりにも少ないので、集落の共有財産として耕作権だけを各戸に割り当てる。だから昔から男は海に出る。ちっぽけなクリ舟で宮古や八重山、北は奄美列島あたりまで出かけていったそうだ。

島にいてささやかな土地を耕し、生活を維持してゆくのは女である。この密閉された世界での祭りは、女によって厳粛に行なわれるのだ。

…………

この神秘の夜……。36年前のときには、白い馬に乗った神様が森の樹々の間を、音を立てておりてこられた。次の時は祭りの間じゅう、すずやかな鐘の音が聞こえた。だが、この前には、集落に不幸があったので、神のしるしはなにも見られなかった、と村の人は真面目にいう。

『沖縄文化論―忘れられた日本 (中公文庫)』 岡本太郎著 より引用

岡本太郎氏が見た、1966年のイザイホーは、
映画『イザイホウ』(野村岳也監督)として、記録されています。

僕は、この映画、2015年1月7日の桜坂劇場の、メモリアル上映会で観ました。
(2015年は、本来ならイザイホーが行なわれる午年)

沖縄県久高島に伝わる神事を映し出す!映画『イザイホウ』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=hYrhxkYJuM0

ドキュメンタリー映画「イザイホウ」桜坂劇場3/7トークライブ
https://www.youtube.com/watch?v=rZ96KTXrl68

イザイホーは、この後(12年後)、1978年に行なわれますが、
それが最後になり、イザイホーはこの星の上から消えました

「沖縄 久高島のイザイホー-第1部-」東京シネマ新社1979年制作
https://www.youtube.com/watch?v=af0PEedYKNY

「沖縄 久高島のイザイホー-第2部-」東京シネマ新社1979年製作
https://www.youtube.com/watch?v=QTjg_L1ZP7o

久高島0320
https://www.youtube.com/watch?v=JsCopvqS6Lg

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Photo by Toshi

イザイホーのあった1966年に、琉球新報の記者に「後生」に案内された岡本太郎が風葬中の遺体の写真を撮り、翌年雑誌に発表するという事件があってから風葬をやめ、それ以来行われていないという。

風葬 -Wikipedia より引用

この事件を知ったときから、僕は、岡本太郎氏のことを、
あまりよく思わなくなっていました。

最近は、というか、イザイホーがなくなったことを、
自分の中に、きちんと受け入れられるようになってからは、

この星の上から消えていく運命にあるものは、
プロセスがどうあれ、消えていくし、
残る運命にあるものは、残っていく(復活・継承)


というような考えになり、
岡本太郎氏は、

【カムイの意志を、地上に具現化させるお役目の人だった】

と思えるようになりました。

思い出の日曜美術館「私とピカソ 岡本太郎」
https://www.youtube.com/watch?v=2F3AImqzlrc

『壁を破る言葉』岡本太郎
https://www.youtube.com/watch?v=stoBSA3H36A

岡本太郎氏のお話を聞いてると、
僕の中に、生きるための(前に進むための)勇気がわいてきます。

不思議な人だなぁ…
(つうか、ほんとは岡本太郎氏がふつうで、世の中の方がおかしいのかもしれない)

沖縄の神事には、必ず神謡(てぃるる)がセットになっています。
イザイホーは記録映像しか見たことがないけど、
終始、神謡(てぃるる)とともに行なわれる、
美しく素敵な神事だったと思います。


カムイは、祈りだけではなく、唄や踊りによって祝福されることを、
お喜びになられる?

NO MUSIC NO LIFE

●消滅する神謡と存続する神謡(てぃるる)
http://kahunatrade.com/blog/okinawa/738.html

PEACE

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(Top ページの Contact から運営者へ直接メールを送信できます)

 -【琉球通信】 OKINAWA curation journal


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